カテゴリ:おまけの話( 27 )

忙しいわけでは

ないはずなのですが‥(年末から先月までは、怒涛の日々でしたが)
おそらく、年末年初にかけての引越しに関しての、手続きミス(こちら
でなく、業者の)が続き、スムーズにすまなかった分、書類手続きなど
が長引いて、引越しの片付けにしわ寄せが。。ようやく落ち着いたのが、
先月末。
とは言っても、まだ行き場の決まってないダンボール箱が2〜3個あり。
ちょこちょこと、整理しながらで、少しづつ思うような形になってきて
はいますが、ぐちゃぐちゃマックスの状態からすると、ずいぶん片付いた
と思っても、まだまだスッキリからは程遠い状態。

こういう時には用事が重なるもの。運転免許の更新やら、急な頼まれごと。
あっという間に時間が過ぎています。

でも、しないといけないことがあるのは、有難いこと。
判断が難しい用事もあり、人の助けも借りないといけないことは都合を
合わせないといけませんが、自分のことは優先することを先に、、
というわけで、ブログを書く時間が見つけられずに日が過ぎています。
おかしいな〜、ゆっくり休んでることはないんだけど。。。

年末の義実家の話はいつ!!??
ずーっと気にしながら、もう春も目の前。。。(^^;)
ということで、義実家の話は写真もあるため、今回おまけの話で、行きの
飛行機で、ひょんなことから買うことになった、この基礎化粧品ご紹介です。
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クラランスので、化粧水の後の乳液に2〜3滴混ぜるとお肌にハリが。。
(確かそのような説明だった)というもの。5cmくらいの小さなもの
なのですが、これがいい!以前は日本に帰ったら、肌が湿気で潤っていた
のに、やはり年ですね。。。最近は化粧落としをしたら、結構すぐに肌
が乾燥するようになり、化粧の時も、肌に馴染まずカサカサ‥‥という
カナシイことが多くなりました。
でも、これを使うようになって、かなりいい感じ。おすすめ〜♪

普段は全く買わない機内販売で買いました。
買う(というか、一部代金を支払った)ことになったのは、息子の機内食
のせい。子供用の機内食を頼んで(年齢を登録するので、自動的に)あった
のが、ミスで無い、と言われ、お詫びに、機内食分を何かでお返しする、と
いうことで、なるべくその値段にあったものから選んだのがこれ。
瓢箪から出た駒、でした。そこまで高い!という印象ではなかった(はっきり
覚えてない。。。;)ので、次回もリピートしようと思っています。


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by aplusfleurs | 2017-03-22 22:47 | おまけの話 | Comments(2)

La vie continueーちょっとフランス語4−

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12月の帰省話を早く、と思いつつ‥‥

1月の終わりから、いや、昨年夏以降から、いろいろ慌しく
なりました。12月の帰省も、その中に入るのですが。。。

2月の引越しの後、まだ整理のつかない中、一昨年あたりから
患っていた父の容態が悪化しました。最後の日の前日、担当の
先生とのお話があるとのことで、急遽帰省したのですが、
その時が私にとって最後の父との面会となりました。

先週全てが嘘のような速さで済んでしまい、今は現実だったのか
自分でもよく分からない心境です。

フランスでも、親しい方との別れがあり、また、身近な人に
大変なことが起こった時、この言葉を聞きました。

"La vie continue"
(それでも)人生は続く

日本語訳は直訳ですが、何事か予期していた、していないにかかわらず、
大きな人生の節目となるショッキングなことが起こった時、当事者の方が
よく使う言葉。
それでも、日常は(人生は)続いていく。残された者は、生き続けて
いかなければならない。
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先週、一つ一つ片付ける中で、私の頭の中にずっとこの言葉があり
ました。他の人の口から聞いた時は、その人の強さを思いましたが、
今、当事者となると、支えとなる言葉です。

日本語でもそう言った言葉があるのでしょうが、思いつかない。
フランス語は、こういうとき的確な表現があるなあと感心する
のですが、この言葉はとくにそう。

これから何ができるだろう‥‥とも思わせられる、ずっしりと
重く心に響く言葉です。


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by aplusfleurs | 2017-02-14 10:54 | おまけの話 | Comments(0)

始まりは‥‥

昨年より始めた在日の外国人のための日本語教師。
きっかけは、私の空き時間に受けられそうな講座だったから、です。
(他の興味ある講座があれば、そちらだった可能性もあります)
でも、時間はバス送迎にギリギリで、幼稚園だった息子の変則な時間割に
合わせて、月1〜2回は近所の保育園の預かりを利用したり、雨なら直接
園へお迎えでないと間に合わず、結構綱渡り状態でした。

まず、ボランティア、という概念に懐疑的だった私。未だにこの言葉の
持つ多様性に自分が対応しきれていません。活動しているのに、、と
思いますが、やりながら、いろいろ自分の感覚と擦り合わせている感じ
です。
‥‥と言うのも、ボランティアという言葉に含まれる難しさ‥‥善意の
人助け、しかも無料で。当事者の望むことに本当に対応しているのかは
二の次で、その行為自体が神聖だと崇められているような感覚があって。。。
その弊害を取り上げたルポルタージュなども見ていたせいかもしれません。
需要と供給。受ける側とその周りでサポートする方々両方に良かった、と
思っていただけるような活動はその場限りでは難しい。
たった1年講習を受けただけで、本当に教えていいの?(その後少しは知識
も増えたとはいえ)全く自信なし!(と言い切っていたらいけませんが)
でした。

私自身としては、ここ日本で暮らすようになって、夫や子供にも起こるで
あろう日本語の問題などを知ることができるかも?いざという時、自分も
対応できるように日本語能力をアップさせておかねば。。という気持ち
がありました。

そして、何より、在仏の時、特に最後の方で子供が学校へ行ったり、社会
との関わりが出てきた時に、やはり私が通い始めた地域のボランティア
仏語教室で出会った先生と個人レッスンしていただいて、自分の偏った
見方をずいぶん矯正できた、という思いがあります。お世話になった分、
私もまた違う人に返せるのかもしれない。。と。
正直、今だに受講生さんに教えてもらっていることの方が多く、どこまで
日本語へのやる気や生活に役立てる情報を伝えられているのかは??です。

‥‥長くなりましたが、そうやって、ボランティア活動のことをとつとつと
考えていたら、、小学校の頃のことを思い出しました。
 
5、6年の先生は面白くてきっちりした男の先生だったのですが、かなり
厳しいところもあり、、日によってはこわーい先生でした。
引っ越してきたMさんは、全くと言っていいほど話さない。
生粋の日本人ではなかったから、もしかしたら日本語もそれまで習っていな
くて、話せなかったのではと、今ではわかりますが、その時は特に気にせず。
よくお休みがあったり、遅刻したり。何か事情があるのだろうとぼんやり
思っていましたが、その時はそれについて深く考えることはなかったです。
先生は、忘れ物をしたり、何かしなければいけなかったことをしてこない
ことが多いMさんを叱り、時にはほっぺたに平手打ちもありました。
Mさんは何も言わず、ただ手で頬を押さえて、立っていました。その時の
緊張感は忘れられません。

でも、話さないけれど、何となく気にはしていて、修学旅行の写真に一枚、
席に座った彼女の通路側に、彼女に寄り添うような私が写っています。
答えがなくても、近くにいたら、話しかけていた記憶はうっすらあります。

休日、偶然道で会った時、Mさんはたくさんの妹や弟を連れて歩いていました。
全部で少なくとも4、5人はいたような気がします。

「わー、Mさん、すごい!たくさん兄弟いていいなあ〜」

と私が声をかけたら、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んでくれて、
ああ、Mさん笑ってくれた!と私も嬉しかったことも覚えています。
子供心に、叱られても、勉強が分からなくても何も言わずに耐えていた彼女
のことが気にかかっていたのかなあと思います。

今頃になって、ふと、この気持ちが、ボランティアに挑戦しようかなと
思った原点かもしれないなあと感じるようになりました。
今でも”ハーフ”と呼ばれる、うちの息子のような子は小学校にもちらほらで
すが、あの頃は近所では全くと言っていいほど見かけませんでした。
子供は親と社会に挟まれて、自分の立ち位置をどう見つけるか、言葉がまだ
確立されていないのに、親とも言語が違って、友達を作れるほど日本語も
上達していない。先生は一生懸命だったと思うけれど、今の私ならもう少し
何かしてあげられたかもしれない。。。

もう、ウン10年も前のことですが、、Mさんのことは鮮明に覚えています。
どこかで元気にしていてくれますように、そして、私のしていることが
微々たることでも、Mさんのような子供の助けになっているといいなあと
思っています。




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by aplusfleurs | 2016-11-17 21:31 | おまけの話 | Comments(0)

時間がとられること②

前回、つらつらと思いつくままに日仏の生活の違いを
書きましたが、自分でも知らない間に日本の習慣を忘れ(?)
フランスナイズされていたことが・・・。

それは、お料理にペティナイフを使うこと。
あちらでも、包丁は使われているものの、日本で普通に
揃えるような、出刃包丁、菜切り包丁・・・といったような
大きな包丁は普通の家庭ではほとんど使いません。
まな板もあまり使わず、野菜などは手の中で切ってしまう。

説明しづらいですが、果物の皮をむいたあと、例えば桃
など、手にもって、実を切ったりしますよね。
あの感覚で、手の中でコチョコチョと切ってしまうのです。
ジャガイモ、人参、にんにく、、etc.

1番最初にそれを体験したのが、最初の下宿先を仲介
してくれたフランス人ご夫婦の奥さんがお昼ご飯に招待
してくれたとき。
早く着いて、お料理のお手伝いをしたのですが、彼女が
作っていたのが、リンゴと胡桃とフロマージュのサラダ。
リンゴを手の中で小さく切って、胡桃を砕き、エメンタル
だったかのフロマージュも小さく切って、まぜるだけ。
他にオリーブオイルあたりを混ぜていたか??記憶が定か
ではないですが、とにかく、まな板なし、カッティングボード
なしで切っていて、私にとっては、大げさに言うなら、衝撃
の異文化との出会いでした。

「お料理、まな板と包丁なしで作るんだ!」

確かに、BHVあたりに行けば、日本風らしい包丁(ご丁寧
にアヤシイ漢字の名前がついていることが多い)があり、
それなりのお値段(他と比べるとそこまで高くもないが、
品質からすると日本より高い)で売られています。他に、
ヨーロッパの包丁もある。
でも、スーパーではペティナイフだけ。

私は、日本から包丁を持って行った記憶があるのですが。。。
結局、一人暮らしのときはナイフで十分。使ってみれば、
手の中で切るのもそんなに苦でなくなり、、、気づけば、
包丁を使うのに、野菜を細かく切ることも殆ど無くなって
いたので、日本に戻ってから、包丁を使うのが下手に
なっていることに愕然としました;
お魚はさばいていたものの、あちらのお料理で野菜を切る
ときは、せいぜい、皮をむいて適当な大きさに切ることくらい。
千切り、細切り・・・昔は早かったのに、今だに早さが戻らず。
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それから・・・
これが1番ではと思うのですが、やはり「自分」の立ち位置
が全然違うこと。
時間がかかることと、どう関係あるのか??
と思われるかもしれませんが、やはりフランスでの生活は
自分の根っこがどこにあるのか??フラフラと漂っているよう
な感覚で。
生活自体も、社会的活動をしていなかったせいもあります
が、周りはバカンスを楽しみとして、働いているママさんが
ほとんど、フランス人は家族と昔からの友人を大事にして
いるので、それを中心にしてみんなしっかり生活していた
のに比べ、私達家族は遅れてバカンスをとり、お休みの
誰もいない公園で息子を遊ばせていたこともしばしば。
前からのお友達たちはほとんど日本に帰り、子供がいる
友達とは時間的・距離的なこともあり、なかなか会えず。
新しくお友達になっても、ほんの時々お休みに会うか、幼稚園
の後に子供を遊ばせるくらい。
何より、そういう交流に意欲をかけるほどの余力がなかった
なあ〜。日々の生活で、小さな小さな心をふさがれるような
出来事に対応して、自分の心を安定させ、普通の生活を
ちゃんとして、家族に負担をかけないように・・・ということで
一杯一杯でした。

日本と違って、交通機関もストに時間遅れ、果ては理由の
分からないことで機能がマヒすることもしょっ中だったフランス。
宅配・水道やその他の故障の修理、書類のこと、期日とか
所定の時間はあってないようなもの。
でかける用事も、一日掛け持ちは気持ちの余裕がないと
なかなかでした。



日本に帰ってきて、幼稚園、買い物、ご近所、話しかけさえ
すれば、普通に挨拶を返してくれ、答えてくれる。
本当に、不思議な感覚でした。日本語さえ喋れば、普通の
当たり前の人間のように扱われること。
特に、どんな人なのかバックボーンが何も分からないのに、
ちゃんと扱ってもらえること。
自分の気持ちをだいたい思ったような言葉で相手に伝えられ
おおよそ正確な意味合いが相手に届く。
そして、フランスとは比べ物にならない早さでつながりが
できていく。
特に、積極的に活動していた訳ではないけれど、おかげさま
で、少しは社会的な活動もできて、息子の学校にも言語の
壁無くかかわれる。

おそらく、そういうつながりのお付き合いが増えたことも一つ
の「忙しさ」の原因。

そして、約束していても、その人自身、または他の要因(急
なスト、用事の遅延などなど)によって、いつも曖昧ないい
加減さがつきまとっていたフランスと比べ、日本では、まあ
なんと時間や約束に対して、また物事に対して真面目なこと。
もしそれを反古にしたり、するようなハメになった場合も丁寧
かつ迅速なお詫びや訂正があること。
それだけに、こちらもいい加減な対応は許されないなあ〜と
ゆるんだ精神を少しずつ締め上げて、今に至ります。

まあ、元々はそういう社会に生きていた私はいいとしても、
段々日本人に戻って来た私に付き合う夫は、厳しくなる妻に
辟易しているかもしれません・・・
日本人のきっちりしたところが好きな夫なので、大丈夫そう
ですが、きっと、私がフランスでストレスを感じていた反対の
感覚で、この「きっちり、かっちり、正確に責任をきちんともって」
とした習慣に、なんらかの思いを抱えつつあるのでは?と
思ったりもします。
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by aplusfleurs | 2016-05-11 14:42 | おまけの話 | Comments(2)

ちょっとフランス語 -3-

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秋も深まってきました。今日のように少し曇り空だと
ちょっと物悲しい気分。

さて、なかなか書けない“ちょっとフランス語”。ようやく
No.3。今回は

C'est pas grave.
(セ・パ・グラーブ=グハーブ、と発音する方が近い)

正式には Ce n'est pas grave. 否定のneが助動詞の
est の前に入るのですが、フランスの日常会話では、
ne-pasのひとくくりの「否定」の最初のneを省略し、
pas(パ)のみで否定として話す事が多いです。
(反対に言えば、最初のneをきちんと発音してなくても、
pasを強調することで人には否定と分かる)
「大したことないよ」転じて、「大丈夫だよ」みたいな
ニュアンスの使われ方です。
電車、メトロでちょっとカバンや肩、身体の一部が隣の
人によろめいたり、混んでてぶつかったりすること、
ありますよね。そういうとき、

「Excusez-moi」(エクスキュゼ モワ)ごめんなさい、
というと大抵の人が、セパグラーブ、と返してきます。

何か問題があったとき、探し物が見つからないとき、
うまく事が進まないとき、失敗したとき、、、、etc,
とにかく、自分の思い通りに行かないときに、「まあいいか」
的に自分で発したり、上記のように、他人に謝られたとき
「大したことないですよ」「だいじょうぶですよ」という
意味で返します。
生活の中で、これほど耳にする、また自分も使う言葉も
ないかな、というくらいに使用頻度の高い言葉。

・・あまりにもよく使うので、何となく軽い言葉と思って
いたのですが、最近になって、深いな〜と思ったことが。

日本に来る直前だったか、来た直後だったか、順調に事が
進まないこともあり、また夫も私も生活の中でそれぞれ
悪戦苦闘していたようなことがありました。
夫は、仕事の事はよほど何か報告したい(いいこと)以外、
ほとんど話しません。たぶん、イヤな事とか、人間関係で
疲れることもあるとおもうのだけれど、こちらが聞いても
全くといっていいほど、ネガティブな話をしたことなし。
「好きなことで、やっているプロジェクトは面白い」という
感じ。
でも、ちょっとどうなんだろう?と私が詳しく聞いてみた時

「まあ、いろいろあるけれど、仕事より何より、大事な家族
がいて、僕はそれで幸せなんだから、それ以外のことは
C'est pas grave (セ・パ・グラーブ)」

これを聞いて、ああ、この、大した事ないよという意味の中
には、本当に大事なこと以外のことは、大した事ないんだ
というフランス人精神が隠されているのかなと思ったので
した。ケ・セ・ラ・セラという言葉も歌とともに有名で、
それも、別に必死になったって仕方なし、なるようになるさ〜
と真面目さにかける、いい加減な感じが強くしていたけれど、
個性は頑としてまげない、主張はがんがん通そうとする人達、
交通機関・社会のシステム、ストや訳の分からない停滞、
フランス3原則

“Liberté Égalité Fraternité ”(自由・平等・博愛)

からほど遠い、移民・外国人への扱い・・・
考え始めたらどうにもならないことが多すぎて、だからこその

「なるように〜なる〜♪」

とでも歌ってられないと生きてられないよ、という歌の裏に
隠された、切実な感情がせまってきました。
フランス人の底力、日本人とは別の強さ、それがこの

「C'est pas grave」

にこめられている気が、今はしています。ようやく気づいた今、
この言葉にすごい力を感じている私。
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by aplusfleurs | 2014-11-11 10:49 | おまけの話 | Comments(0)

この色・・・

夏にフランスに帰省したとき、夫は仕事があって、
少し遅れてフランスにやってきました。

「免税店でポロシャツ、いいの二つも買えた!」

と嬉しそうに電話で言っていたので、どんなのかな?
とこちらも楽しみにしていたら・・・ちょっと、いや
かなりびっくり。
この色、日本人は選ばへんなーー・・・
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でも、ヨーロッパ圏の、肌色が白くて髪の色が薄い
タイプの人は、こういう色好む人も多いです。
何より、義母も白人、金髪(に染めている)せいか、
はたまた、自分の息子にそういう色を好んで着せて
いたせいか、うちの息子に服を買って来てくれると、
やはりポロシャツ・Tシャツはこのショッキングピンク、
そしてパンツはうすーい空色、ということが何度か
あり。(夫の小さい頃の写真を見ると、同じような色
の服を着ていた)

息子、私の色素を受け継ぎ、髪と目の色、少しは茶
がかってるけれど、黒。肌も、少しは白いかもしれな
いけど、黄色人種の肌色。せっかくプレゼントされても
日本人の私には、どうも息子に合う色とは思えず、
しばらく着せるまで時間がかかりました。
アジア人には、男の子でも赤、紺、ブルーの方が似合
うと思うんだけれど。
ま、慣れたらどうってことはないのですが、、、

最近はこの色とはご無沙汰だったので、久しぶりに
見て、やっぱり違和感。
この下、パンツ何をはけばいい?と尋ねる夫。

「・・・・(ベージュもイマイチな気がするし)ジーンズ
くらいじゃないの?・・・
(消え入る声)」

義母「いいじゃない〜!!いい色よ、
二つとも何でも合うわ!」


えー?ほんま?
他の人も「ベージュとかでもいいんじゃない?」という
ことだったんで、夏は頻繁に会社に着ていってたけれど。
駅では、きっと目立ってただろうなあ・・・
ちょこちょこ、外国の人も近所で目撃するのですが、夫
によれば、スーパー等に行くと、必ず小さな子供にじー
っと見られる、というので、やはり珍しいのかも。
私は私で、今はそんなに感じませんが、結婚当初の頃
や帰省のとき、街を歩いていると、そばにいる夫を見て、
それから私の方をじろじろと見られることがあり、あー、
きっと、

「へー、この人が?(・・・)」

という視線なんだろうな、と思ったものです。
(・・・)は、その人の心の声なので、こちらは知る由も
ありません。こちらが気づいても目が合っても、じろじろ
と見られるときは、正直いい気持ちはしませんでしたが、
気にしたって仕方ない。どちらの国にいても、こういうこと
はいつも起こります。

夫がこの色を着ていたら、他の人からかなり見られてた
だろうと想像するのですが、特に何も言わないので、
ま、いいかとほってあります。

考え方、物事の捉え方とかは、違和感ないのですが、
ときどきこういう違いがあり、ヨーロッパ人なんだなー、
と思います。
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by aplusfleurs | 2014-11-02 22:25 | おまけの話 | Comments(0)

お気に入りの家

タイムリミットまでもう少し!!

ノエルとお正月のお休み明け、フランス語のレッスンで
いつもの道を通り、いつもの住宅街を通り抜けていたら
・・・何軒かある、私のお気に入りの家のうちの一軒が
売りに出ていました。。。。
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時計台のような中心の屋根が印象的な、素敵なお家。
無造作に書かれた、「売り家」の文字。
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こんな大きなお家なので、きっとお金持ちの人が住んで
いるんだろうなあと想像していたのですが、どちらかへ
引っ越されるのか、それとも維持できなくなったのか。
最近は不景気な話が多いので、つい後者の方を考えて
しまったけど、もうすぐ日本へ帰国するというこの時期に
このお家も売りにだされたというのが、何となく偶然には
思えなくて、胸が痛みました。
こちらの勝手な感傷だなあと思いつつ・・・

帰国が決まってからの、家電の故障の話を書きましたが、
あれからまた2カ所ほど電球も切れて、次はどこが故障
するのかな?という感じです。

明日の船便のリスト、今から仕上げます〜。
しばらくの間、ご無沙汰しますが、日本でもフランスとの
比較文化や宙ぶらりんの目から見たいろいろなこと、
また書いていきたいと思います。
どうぞみなさま、お元気で春までお過ごし下さい。
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by aplusfleurs | 2014-01-20 06:03 | おまけの話 | Comments(4)

ハイジの見方

クリスマスのバカンス、夫と息子が映画に出かけ、
満席で仕方なくFNAC(こちらの本・DVDetc屋さん)
で買って来たDVD、「アルプスの少女ハイジ」。

こちらで朝に子供向け番組(3チャンネル程が朝の登校前
の時間帯、7時前くらい〜9時すぎ(?)まで色んなアニメを
流してるのですが、夏のバカンス前に「ハイジ」をやって
いて、息子とともに私も楽しませてもらいました。偶然、
帰省のときにも日本で見れて嬉しかった〜。もちろん、息子
も大好きに。それで、このDVDを選んだようです。

私が子供の頃「カルピス子供劇場」というアニメのシリーズ
で見ていたもの。
「ムーミン」に始まり「山ねずみロッキーチャック」「あらい
ぐまラスカル」など、今でもシリーズのほとんどの主題歌を
歌えるくらい、大好きでした。
(調べてみたら、カルピスこども劇場とカルピスまんが劇場が
あり、記憶ではごっちゃになっているのですが、ほとんどが
宮崎駿さんの絵だったはずで、いいものを見たという記憶は
鮮明です)


息子と一緒に見ていて、おじいさん(オンジ)がどうして山に
こもったのか、今でも村人と溝が深いのか・・・今回すっと理解
(?)できた感覚がありました。
舞台がスイス・ドイツ国境あたり(想像)であって、もしかしたら
間違っているかもしれないけれど、この時代、教会に行かず
カトリックでなかった人は、変わり者という烙印以上のものが
あったはず。

教会の神父様が教会にくるように、と話しにきた場面もあった
記憶がありますが、フランスのコミュニティーの中での生活で
分かったこと、数は随分減っていたり、無神論者や他の宗教を
信仰する人が出てはいても、現在でもヨーロッパの大多数の
国・人がクリスチャンで、カトリックでは赤ちゃんのときに洗礼
(baptême=バテム)を受けます。日頃教会に行かない人でも
子供に洗礼を受けさせる人は多いし、一定の人はそれが当然
と思っています。
昔の日本で、お金の力でお浄土への行く保障のない一般の人は
宗教を信じることで死んでからの来世への保障を得たように、
こちらでも天国へ行くには、教えをきちんを行うことが大事
だったのです。

そういうことを、頻繁にニュースでとりあげられるカトリック
の見解や周りの人達から肌に感じました。

小さい頃は、ハイジのおじいさんがどこにでもいる変わり者と
いう捉え方をしていたけれど、どんな理由でかは分からない
ながら、この時代に「教会に行かない不信心もの」として、
コミュニティーから完全に孤立していたことは、大変なこと
だったのだろうと、おじいさんが村人と喧嘩をしている場面
であらためて思いました。

ハイジがフランクフルトから帰ってきて、クララが来れるか
どうか彼女のお医者さんが山まで来ておじいさんに会い、
おじいさんの賢明さをクララのお父さんに話していることを
見ても、おじいさんはとっても賢い人だったはず。
きっと、おじいさんには閉じられた世界の中で、親や先祖が
やってきた生活だけが一番と信じていた人達とは違う賢さが
あったのだと思うけれど、自分が非難されたり受け入れられ
なかったりすることで壁を作ってしまって、受け入れようと
する村人に反発する態度は、何だか息子と仲のいいアラブ系
の男の子のお母さんの態度を思い起こさせました・・・
幼稚園の年中組で一緒になり、遊びのグループの一人として
仲良くなったナオフェルは、ほとんど話しません。お母さんも、
普通なら両親のどちらかが朝は送ってくるのに、彼は誰につれ
られてくるのか一人でクラスまで来ていて、先生にも

「誰と一緒に来てるの?いつも一人でくるけど、誰が送ってきて
くれているの??」

と言われていた彼。きっと、お母さんは働いていて、送り迎えも
無理で、親戚なのか近所の人なのか、玄関まで送ってくるのを
見かけたことはありますが、ギャルドリーでも一緒でよく見かけた
彼のお母さんは、周囲の人とは全く話さず、挨拶をしても返して
くれることはなかったように覚えています。
お兄さんとナオフェルを連れていた、おばあさんらしき人がいた
ので、彼女にも少し話しかけましたが、「構ってくれるな」とでも
言いたげな態度だったので、それ以後は声はかけなかった私。
そこには、自分達からは絶対に近寄りたくない、近寄ってくるの
を拒む強い気配がありました。
移民として暮らしているフランスのアラブや昔の植民地の人達は
何世代かの間に築いた感情があるのだろうと感じたし、私も外人
として同じような扱いをフランス人から受けることもあるので、
よく分かる態度なのですが、、、ハイジがおじいさんの村人との
関係を我知らず良くしたように、偏見のない人も少なくても必ず
いるし、もしかしたら、関わることによってお互いに歩み寄り
理解できたりすることもあるかもしれない、ハイジのおじいさんも、
辛くても村人に反発せずにある程度がんばって受け入れていても
よかったのかな(それではハイジの物語は変わってしまいますが)
なんて、今の私は思います。
私の中にいる、ハイジのおじいさんにも言い聞かせつつ。


余談ですが、義父のお父さん(夫の祖父)の職業が音楽批評家
だった(芸術家肌?)こともあり、義父は80代なのに洗礼を
受けていません。
ママ友の一人は、「あの時代にそんなことはあり得ない!絶対
洗礼してるはずよ〜。そうじゃなかったら、周りからどんな目で
見られたか」と言いました。
義母は洗礼を受けているけれど、政治観・宗教観など枠には
とらわれない自由な人。そういう義両親だったからこそ、夫と
結婚できたのだろうと今ではその偶然を感謝とともに、不思議
に感じています。そうでなければ、生活習慣以上に宗教観に
よる制約で、息苦しさを感じていたかも。

ハイジの物語自体、他の古典同様、人生でおこるプラスマイナス
を絶妙に表現していますが、ただの“子供の頃好きだった”物語
でなく、フランスでの生活を通じて、人生を感じる現実感のある
話としてせまってきました。
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by aplusfleurs | 2014-01-03 22:31 | おまけの話 | Comments(2)

コンポスト始めました

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先日、宣言していたコンポスト、はじめました〜。

近所の割と大きな園芸のお店へ行ってみたら・・・私が
日本語のサイトで見ていたようなコンパクトなのはなく、
庭(土)に直接置く、大きなサイズのものだけ;
アパートではどうするの??

日本語のサイトでは、「ダンボールで作るコンポスト」
など、便利そうなのがあったので、雨を防ぐ物置みたい
なのがあれば。。。(日本のDIYのお店によくおいてある
ような、物置があるかと思って)と思っていたけれど、
こちらではないみたい。

夫が園芸店の人に相談したら、庭に置かないタイプで
小さいのがある、「versの分だけど、どう?」と言うので、

「(versって何だったけか?まあいいや)それがちょうど
いいサイズで、それしかないなら、いいんじゃない?」

と返事したら、みみずのコンポストでした;
みみずが郵便で届けられ(土と一緒に)、コンポスト組み
立てまでの3日間、そのまま玄関近くに待機してもらい、
週末夫が(言い出しっぺは私、でも夫まかせ;ありがとう
夫!)組み立ててくれて、生ゴミ少しを入れて、はじめの
2週間はそのまま。
そして、やっと今週から生ゴミ投入しはじめました。
(レモン、オレンジなど柑橘系、ねぎ・タマネギ等もだめ
なよう。野菜などは大きな固まりのままでなく、ちいさく
切って入れる。卵パックも入れられます)
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茶色い布のようなものは、防寒用のマット。
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雨の予報だったけれど、いいお天気になって、太陽の光
で暖まったせいか、みみずちゃんたちが出てきてます。
正直、みみずはあんまり・・でしたが、ここで頑張って
くれてると思うと、ちょっと可愛い。。;(まだ言い切れない
ですが)と感じられるようになってきました。
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ちゃんと説明書読んでないので、まだはっきり把握できない
まま・・・はやく読まねば!
小さなサイズなので、すぐ、たくさんという訳にいきません
が、いい土ができるかな〜と今から楽しみ。春には、テラス
改造が完了(?予定)なので、その頃までに少しづつ、ためて
おけたらな。

生ゴミがこのおかげで減ったか?というと、そんなに変わらない
気もするのですが、無駄にするものが減ると思うと、少しだけ
気が軽くなります。
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by aplusfleurs | 2011-11-04 19:29 | おまけの話 | Comments(0)

いやはや・・・

東京から家族で一時フランスに帰国した友人から
電話で聞いた話。

ひさーしぶりの彼女のおっとりと落ち着いた声や
話し方になごみ、、、でも、実際の、彼女の家族が
帰国までどんな風にすごしたかを聞いて・・・
頭をがつん!のショック。

地震があったとき、上の子供さんは保育園、彼女は
下の赤ちゃんと出かけていたそうですが、高層階の
マンションは、棚の食器やなにやらぜーんぶ倒れて
壊れてしまっていて、地震のあとは家にも帰れず、
実家にそく避難。
マンションにはけっきょく地震以降一度しか戻らず、
関西経由でフランスのだんなさまの実家へ帰って
きたとのこと。

「もう、上の子がどうなってるのかも分からないし、
なんとか大丈夫だったけど、地震のあとはショック
のせいか、余震もあるし、一人でいるのを怖がって
しまって。

それより、彼(フランス人のだんなさま)が、在日仏
大使館から避難勧告はくるわ、周りの友達はそく
帰ってしまうわ、フランスのニュースではいろいろ
大変なように報道されているのに、周りの日本人は
えらく落ち着いてるように見えて、状況がつかめない。
そばで見ていても、どんどんパニックになっていくの
が分かるから、彼のために、フランスに一時帰ろう
と思ったの」

「関西まで来て、飛行機の座席が空くのを待って、
帰ってきたけど・・・そのとき持っていたのって、
懐中電灯とか、非常食とか・・・笑えるでしょ?
関西まで来たら、何だったんだろう、って。全然
東京とは雰囲気もちがって・・・」

とくに、緊迫した様子でもなく、たんたんと、ときに
おかしがりながら、話してくれました。
「大変だった」と深刻に言われるより、なんだか
ぐっとせまってきました。

あーー、私って、頭の中でばっかり考えていて、
「死ぬかもしれない」っていうのがどんな状態なの
か、ライフラインが確保できずに大変、避難生活が
不自由、という以上に、「死」ととなり合わせの生活
に耐えるのがどんなに大変か・・・というのが分かっ
てなかった・・・。
甘いなー、浅はかだな・・・と。

「立ち上がる」とか「がんばる」というのは、ずっと
先の段階で、今は恐くて、耐えるので精一杯という
のが本当のところでは・・・。と、やっと気づきました。
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by aplusfleurs | 2011-04-29 01:43 | おまけの話 | Comments(0)