カテゴリ:おまけの話( 34 )

花粉症、薬を飲まなくなったわけ

今日は昨日とうってかわって、爽やかな空。
気持ちいいですね〜。

さて、一時「これで収束か?!」と思った花粉症、やはりまだ
続いてます。朝・日中もティッシュは必須。
ただ、かゆみはほとんどなく、夜眠る前に痒さや息詰まりを感じることも
なく、、快適です。

花粉症になったのは、成人してから?(ぼちぼちと花粉症の人が増え、
コップに水が溜まるように体内の花粉が増え、溢れた時に花粉症になる、
とどちらかで解説されてたのを覚えています)だったように思うのですが、
「とうとう来たー」と感じたのは二十歳過ぎ、大学生か働き始めた
頃だった記憶が。
なり始めはそこまで重くなく、鼻水と目のかゆみくらいだった気がします。

在仏時は、症状もなりを潜めていたものの、慢性的なアレルギー性鼻炎の
ために、常にハンカチは持ち歩いてました。

でも、やはり、というか、花粉症が治っていた訳ではなく、日本に帰国後
は毎年のようにお医者さんでお薬をいただいてました。
最初の頭痛やだるさ、微熱のような症状がひどくて‥
毎回、あれ?これは風邪よね?という感じ。時期がそろそろ、と思って
いても、一番最初の症状はその後とは違います。

ただ、お薬服んでると、かゆみや鼻水が楽になるものの、
症状がどう変わってるのかさっぱり分からない
んですよね。。。

いっそのこと、漢方で根本から治そうかと真剣に考えたりもしてました。
ちらほら聞くところによれば、年中毎日漢方を飲み続け1年以上、人に
よっては5年とか。。
ムム‥‥できるんかいな、私。忍耐力もいるけど、お金もいるねえ。。。
という気持ちもあったのですが。

さて、それとは別に、日本に帰国してから、身体の調子がどうもイマイチ、
という時にお世話になっていたのが、足つぼマッサージとレイキ。
お花の教室をしていた時から、足のだるさがあり、定期的に足つぼして
ました。
レイキは我孫子に来てから。
実は、最初に「レイキ」という言葉を知ったのはフランス在住の時。
日本人向けの新聞によく広告が載っていて、カタカナではあるけれど、
「霊気」だろうと想像はつくので、何これ?と少々胡散臭く感じていたと
いうのが正直なところ。
でも、我孫子で時々お世話になる先生に施術してもらったら‥自分の
身体を気が流れるのが感じられ、、だんだんと理解?できるように
なりました。
これは、体感しないと、分かっていただけないかもしれませんが。。。

足つぼだと、やってもらわないとダメだけど、レイキなら自分でも
できるかな?
と、少しだけやり方を教わり、勝手に自分流でやり始めたのが昨年末。
昨年父を亡くし、何もできなかった‥という思いもあって、自分や家族の
身体、何かできることってあるかしら?と考えていたのもその一つ。
自分の身体の調子をもっと自分で感じられるようになりたい。身体と
対話してみよう♪

毎日、瞑想をする感じで寝る前に腰に手を当てつつ、頭を空っぽにして、
自然を感じるようにしました。
一種のリラクゼーションのような。やり始めたら、何だか面白く、また
そういう時間があることで、精神的にも良かったと思います。

そしたら、いつもは定期的に腰の具合が悪くなっていたのに、全然大丈夫。
それどころか、外出して階段を上がったり、長く歩いたりしても、全く
足がだるくない。疲れもあまり感じない。反対に、ちょっと散歩に出たい
なあとか、身体を動かそうかなあ‥と以前は全く思いもしなかったことが
頭に浮かぶように。

レイキの先生が紹介してくださった気功の先生のところへ行ったり、違う
ご縁もあり、生活全般に対する見方や感じ方も変わったせいかもしれません
が、自分に起こること、自然に起こること、そのまま受け入れてみよう、
という気持ちになりました。

別に恐れることでなし。

薬を服まないと‥の「〜ねば」「〜しないと」という縛りを自分でかけて
いたんだなあ、と今感じています。そうしないと、もっとひどくなるかも、
と。花粉がないと、生物は生きていけないんだし、花粉に感謝。
かゆみ、くしゃみも、こんな風になるのね〜と身体で感じること。

気功の勉強会で、「愛する」という体験をしました。二人一組、全く初めて
の方と組んで、一人は寝転がり、もう一人がその人の手を引っ張って起こす。
最初、何もせずに力任せに引っ張っても、ビクともしないけれど、心の内で
相手を家族のように、もしくは友達や近しい人と思って「愛する」気持ちで
引っ張ると‥あら、不思議。さっきが嘘のように、楽々起こせる。

これは、結局、生活のどの場面でも同じだな、と。
感情の動きが身体の機能に果たす役割ってすごいです。

レイキ、気功、厳密に言うと、エネルギーの元は違うそうですが、あえて
きっちり調べたり勉強したりはしていません。それより、自分がやっていく
中で、もっと自然に感じることができるかなあ、と思って。
見えない気持ちやエネルギーからわかることがありそう。

花粉症も、薬なしでも大丈夫。自分の身体の変化をきちんと感じた。

ということで、ここから、少しずつ、今までの思い込みなども手放して
いけそうだなあ、、とちょっとワクワクしています。

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by aplusfleurs | 2018-04-26 21:32 | おまけの話 | Comments(0)

花粉とは戦わない

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4月になりました178.png 
あんなに、寒い寒いと言っていた冬、大雪もあったのが、急に暖かくなり、
春を飛び越して、もう夏日??!! 異常気象と言われて久しいですが、
ますます環境問題を考えてしまう今日この頃。

お花見も、3月20日過ぎスキー旅行出発日に咲き、帰って来た次の日に近所の
名所(?)をお散歩してなんとか間に合いましたが、今は葉桜になってますね〜。
お散歩の時の桜並木。

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桜以外のお花も元気良く咲いてくれて‥113.png

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私の大好きな沈丁花の香り、少し前に一度遭遇できましたが、今回のは
盛りを過ぎて、香りがあまりせず、残念。。。



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チューリップは暖かさに開き切り、スノードロップ、ハナニラ、クリスマスローズ、
シロツメクサ科?の黄色の花、プリメラ、椿、シャクナゲ、と春爛漫!

さて、花粉症歴ウン十年の私、今年は決めました!薬を飲まない
この日は、という時は飲みますが、このところくしゃみと痒さをそのままに
味わっております。拒否せず、受け入れる、をためしてみようかと。

花粉症は毎年初日がキツイ(頭痛、微熱、体のだるさ)ので、今年もついお医者さんへ
行ってしまいましたが、薬を飲まないと決めてから、思っていたより耐えられるなあ、
というのが実感。日によっては、寝る前・寝ている間・起きる前に、鼻から呼吸ができない
とか、目や喉、耳にかゆみを感じて起きてしまう、朝起きてすぐはくしゃみ鼻水にしばらく
襲われる‥という毎日ですが、案外、耐えられる。
ということで、戦わない、というより、何とかうまくやり過ごそうとしている、と
いう方がいいかも。

↑やってみようと思ったきっかけは、また今度。

夏服、冬服の入れ替えもあと少し。春休みもついでに明日でおしまい。
片付けが終わったら、息子と散歩がてら、手賀沼の方へ行ってみようと思います。
まだ、少し桜が見られるかも109.png










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by aplusfleurs | 2018-04-03 15:02 | おまけの話 | Comments(0)

当たり前、でもありがたいこと


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               (タイトル 遅い出発)

節分も過ぎ、旧暦でも新しい年となりました。
ずーっと厳しい寒さが続いてましたが、昨日あたりから空気が緩んで、
ホッとしますね。
⬆️この絵(というか、リトグラフ)は、友人のギャラリーで昨年購入したもの。
遅い出発、まさに私!(出発しよう!という希望を体現してくれてる!)と
ぎゅーっとつかまれてしまった感じで。
見えにくいですが、船があり、月や星明かりの中、静かに船出をしている
そんな絵です。励まされます。

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雪が続いたとき、朝洗濯物を干したら、タオルから水蒸気が上がるのが
見えました。ふわーっとあがる湯気をしばらく感心して眺めていました。
当たり前のこと、かもしれないけど、太陽ってすごい、と。
地球上すべてにこの暖かさが届けられてること、やっぱり不思議。
暑い夏は恨めしい限りですが、太陽の光はやっぱり素晴らしい。
冬の寒さの中でも、ちゃんと洗濯物も乾かしてくれて、ありがたいことです。

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うちのマンションは駅のすぐ近く。
時々、声援のような、歓声のようなグループの声が聞こえることがあります。
以前、若者たちのグループが駅の真向かい側で、何かの練習でしょうか、
応援のように、拍手や声かけをしているのを見ました。

今回も早朝何やら聞こえるので、ベランダからのぞくと、駅員さんたちが
いっぱい。制服姿、そうでない人。
好奇心に勝てず、眺めていたら、到着した電車から運転士さんが降りられた途端、
みんなが拍手。小さな横断幕も用意されていて、、退職されるの?と思った
けど、運転士さんは若そうだったので、転勤?それとも、合格??
想像力たくましく、見せていただきましたが、ホンワリと暖かい気分に
なりました。(私も、ベランダで小さく拍手‥笑)

悪天候でも、早朝から夜遅くまで、そして夜中には改修工事、、交通の
お仕事は(配達なども)本当に大変だなあ、と思います。
「お陰さま」、、周りの直接関係のある方にも言いますが、こういう、日常の
当たり前の後ろで、たくさんの人が真面目にお仕事されてることに感謝する、
日本らしい言葉で、好きです。直接は言えないけれど、お陰さまで、便利に
暮らせることに感謝。

こちらは、この辺りの一の宮、香取神宮。帰省から戻り、初詣の写真です。
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by aplusfleurs | 2018-02-11 14:26 | おまけの話 | Comments(0)

ちょっとフランス語 5 ーC'est pas ma faute!ー

先日の記事に関連した言葉です。

フランス在住の方は、よく聞くであろうこの言葉。

C'est pas ma faute! ( =Ce n'est pas ma faute )
セパマフォット、私のせいじゃないわ!

日本では考えられないけれど、スーパーの店員さん、他、お店の従業員さん、
問い合わせした先の担当者、、不都合があった場合、日本なら即座に
(不都合かどうかも分からないけれど、問い合わせの手間に対して、だけでも)

「申し訳ございません」「すみません」

と、まず謝罪があるのが一般的だと思います。
フランスで、日本の対応を期待してはならず!(もしかしたら、日本的な人も
いるかもしれませんが、めったにないかな)
お客様に対して、会社の一員として‥でなく、個人対個人の感覚で、しかも、
自分のあずかり知らぬこと、または自分の過失ではない!と主張したい場合、

私のせいじゃない!

です。みんながみんなそうではないし、説明の前に「Désolé(ごめんなさい)」
をつけて、普通に話す人も多いです。
(あ、でも、謝罪でなく、Désolée, mais..ごめんなさい、でも、私は知らない
から、どうしようもできない、とか)

が、、嫌なことがあった、とか、何かイライラすることした、とか、単に性格
がそういう人だとか、、、ジロッとにらまれ、「C'est pas ma faute!」と
言われたら、こちらまでしばらくヤーな気分です。

旅行の時など、レジに並ぶ時、「あ、この人、ご機嫌悪そう」という雰囲気を
醸し出している人を見分け、列が長くても、「いい感じの人だな〜」(雰囲気
だけでなく、きちんと品物を扱っているか、など)という人をしっかり選ばれ
ることをおすすめします。なんで、あそこだけ列が短いの?という時、カード
払い専用だから、とか理由があるかもしれませんが、もしかしたら、人気の
ない店員さんなのかも。

先日の記事にどう関連するか?

結局、「忘れたこと」も、「c'est pas ma faute」なのですよねー。
そんなん、知らんわ!と。それで、迷惑かけても、私のせいじゃない。
という感じ?

店員さんであれば、簡単に謝ってしまうと、全部自分の責任になってしまう。
自分の責任じゃない!ということがあれば、しっかり主張しないと、
自分が大変。だから、お客様の不都合より、自分の大変さをまず主張する。

…ギスギスしますね〜‥。

フランスだけでなく、こういうお国の方が、実は多いと感じます。
だけど、夫が言うには、フランスの会社時代、部下の責任は上司の責任。決して
全体会議の偉いさんの前で、自分の部下の不足部分を責めたりすることはなかった
とのことなので、その辺りは日本より責任の所在がきちんと認識されているのかも。





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by aplusfleurs | 2018-01-11 14:59 | おまけの話 | Comments(0)

モニク先生の思い出

おとといあたりから、本格的な寒さですね。
日本海側では、島根あたりでも雪が降っているようで。。
京都の底冷え、思い出します。

クリスマスに新潟へスキーへ行く予定で、前回(一昨年)
同じ時期に行ったら、スキー場直結のホテル前は全く雪なし。
今年も同じだったら‥とハラハラしていたのですが、このまま
雪が降ってくれると嬉しいなあと、勝手な願いです。
(現地では大変だと思いつつ。生活に支障の無いように、、、
とも願っています)

さて、数日前。
DAFAのような、お花の試験を受けている夢を見ました。
周りもフランス人(ヨーロッパの人?)ばかりのようでした。
そして、前にはずらりと審査員のような、ご年配のマダム達が。
その真ん中に座っていたのは、モニク(ゴチエ)先生でした。

SNHFの会場より広く天井が高い、全体的に白っぽくて透明感
のある場所に、机と椅子が並べられ、受験者たちがいて‥
試験はまだこれから、DAFA(だと夢で思っている)は久しぶり
だけど、なんとか大丈夫ではと考えている私。

諸々あったのですが、結局材料探しに外へ行っていて、
まだ時間はそんなに経ってないはずが、会場に戻ると誰も
いず。みんな片付けをしていて、えーー、、と青くなり‥‥148.png
夢って、本当にドキドキする。出来なかったーーということの
方が多いせいか。
‥覚めてから、モニク先生の顔が浮かんで。。ああ、がっくり
されていただろうなあ‥なんて。夢の中で、ですけれど。

最近、今まで出来なかった断捨離をしていて、お花のものも
フランスで勉強した関連のもの以外は出来るだけ処分している
最中。久しぶりに、モニク先生の授業を受けていた時の写真を
見たせいで、出てこられたのかなあ。
夢の中の先生は写真のままでした。それで、いろいろ思い出が
蘇ってきました。

実際のDAFA2の試験の時、モダンがなかなかできず、何度も
なんども家や学校で練習。
学校で練習させてもらっていた時に、感覚がようやくつかめ、
たまたまいらしたモニク先生が褒めてくださいました。作品を

「いいわ!」


と、外から見えるウインドーに飾ってくれたこと。
自分ではまだ腑に落ちていなかったけれど、タバコを吸いながら
ニコニコとブーケをテーブルに置かれ、あちらこちらから見て
られた様子。

たまにしかないモニク先生の授業はピリッとした空気が漂って、
何より、直にブーケを作られる工程を見られるのは、とっても
興奮することでした。作られていく作品にドキドキしたものです。
リラックスした様子で、大胆に、えー!そんなことするの?という
アレンジを繰り出す。
今でもそんな授業は鮮明に覚えています。他の先生の時も、
やはりドキドキはありましたが、モニク先生の時は別でした。

一度、仕入れにお伴したことがあります。
本当なら、スタージュ(見習生)か先生が同行されるのですが、
その時は誰も行けなかったみたい。
先生のお宅へ伺って、車に同乗し。。。私が独身で、フランスに
ずっといたいです、と周りに言っていたのをモニク先生もご存知
だったのか、

「私の頃は、お見合いがあったのよ。お見合いすれば?


なんて話もされていたなあ。。。

帰国してからも、広島でのデモ、SNHFでのデモ、何回かお会い
しました。広島のデモの時は、時間前に、U字ピンを舞台近くの
階段?のようなところに座って作ってられて、

「お手伝いしましょうか」

と言ったけれど、

「大丈夫よ」

とそのまま作り続けてられて。

タバコを手に、話し方も男性的な迫力があり、気に入らないブーケは
批評なしで「フン」と鼻先であしらわれたり。
実習の時いらしたら見て回られることもあったのですが、アドバイス
をいただけたら見込みあり、駄目な場合はなかなかに厳しいお言葉も
ありました。
内心ビクビクされている人も多かった様子。でも、私はどこか父に
似ているような気がしたのと、外国人の気楽さ、あまり分かって
いないで、失礼なこともしていたかもと思いますが、フンとされて
もあまり気にしてなかったように思います。それがモニク先生だ、と
思っていたから。。。
迫力ある反面、繊細なところもお持ちだと感じていたせいかもしれ
ません。

フランス式に、名前は

「モニック!」

と呼び捨てでした。
話し言葉は丁寧なvouvoyer(ヴヴォワイエ)だったけれど、日本
では名前にさんをつけるのに比べて、グッと近しい感じがしました。


いろいろ、断片はありますが。。。私がお出会いした頃の、迫力ある
モニク先生ではなく、夢の中ではもう少し透明感があって、少し心配
そうなお顔をされていたように思います。

こういう思い出話も、新たなブログで書けるといいなあ、と思います。





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by aplusfleurs | 2017-12-13 20:53 | おまけの話 | Comments(0)

風邪に抗生剤?

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10月終わりからずーっと3週間ほど風邪ひきでした。
本当に久しぶり。大体は、夫と子供が先に引くのですが、
今回は私から夫。かなり珍しいパターン。

私の場合、風邪のひき始めはまず、喉。何となく違和感を
感じたら、もうマズイ。その少し前に気づいて、うがいと
鼻洗いで回避すれば大丈夫。。。なので、市販のイソジン
で気づいたら喉洗い、そして喉スプレー。合間はずっと
フランス在住時からの習慣で、「リコラ」という飴をなめ
続けます。(喉が痛い時は、寝ている時も)コチラ⬇︎
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(箱入りがフランスでは一般的。これが持ち歩きに便利!
日本は袋入りが多い)
一応、甘味料は入ってない、という表示があるので(と
信じている)虫歯は大丈夫だろう、と、、

ただ、この「Alpin fresh」風味がなかなか無いんですよね〜‥
喉もスッキリ、甘ったるくなく、多少の痛みは治ります。
帰省中に大量に買っておくか、日本で見つけたら、必ず
複数買いだめしておく分。
最近は、風邪ひくこともなかったので、油断していました。

日本の風邪なら、そこまでひつこく無いはずなのに、今回の
風邪は、まるでフランスにいた時のよう。
というのも、フランスでは空気が乾燥しているせいか、喉に
きたと意識したらもう遅く、その後、咳が止まらなくなります。
夜中も咳が出て寝られない。でも、お医者さんは予約制なので、
うまくすぐに診てもらえないと、ますますひどくなり。。。

最後の方に、ようやく、なんとか、意思疎通がうまくできる
ようになった家庭医の先生(médecine générale)に行き
当たったので良かったですが、それ前後は、行くのも億劫で
結局ずっと咳が止まらないまま我慢する、という悪循環に
陥っていたせいか、咳をするのが癖になってしまいました。

今回は、まるっきり、悪循環にはまった以前の風邪の
パターンでした。
治りかけで、用事をしに外出したのも悪かったようで、
ぶり返してきたので、循環器系のお医者様へ行きました。
そこで処方されたのが抗生剤他4種類ほどのお薬。

痰が絡むような感じもあったので、症状を話して判断された
とは思うのですが、、風邪はウイルス。最近よくニュースなど
でも取り上げられてますが、抗生剤はウイルスに効かない。
飲みすぎたら、抗生剤に耐性ができて、効かなくなる。
という知識だけはあり、お医者さんで聞けばよかったのに、
ぼーっとそのまま出てしまったくせに、家に帰ってから急に

「これは飲みたくない!」

と変な意地を張って、咳止めなどだけ飲んでいました(それも、
飲んだ途端に副作用とされる症状がテキメンに出て、、)
でも結局、治らないので、抗生剤も2〜3日服用。で、今に
至ります。。。(こういう、勝手な飲み方はいけない、とは
分かっているのですが)飴もずーっと舐めていたので、今だに
舌の味覚が少々おかしい。。

4月に息子が緊急入院する前に、いつものお医者さんで処方
されたのも、抗生剤。喉が少し赤くなっているので、そこから
鼻に行って、頭痛がするのだろう、と‥

えー、少し赤くなっているだけで?泣くほど頭痛くなる??

「抗生剤は本当に必要なんですか?」

とその時も即座に聞いたけれど、特に変更なし。
その後、症状がおかしく、救急で診察を受けた病院では、全く
見立て違い。それ以来、ますます抗生剤を疑問視してしまいます。
多分良くあるアレだろう‥抗生剤出しておいたら治る、という
惰性があるのでは?と。

フランスでは、小児科のお医者さんも、家庭医も、抗生剤は
なるべく出さない方針でした。これで様子を見て、症状が○日
続くようなら、という条件で、次のステップとして、抗生剤が
処方されました。
(いとこにいただいた、小児科の先生の本も参考にしていましたが、
そこにも、やはり同じことが書かれていて‥日本でも、お医者さん
によって考え方は違うようですね)

それはそれなりに、回復まで時間もかかり、何度も通わないと
いけないですが、本当に体に必要なものだけを見極めるために
薬に頼らない方法が安心できるなあ。。と。

予約しないといけない不自由さと、行ったその日に診察してもらえ
て、頼まなくても先まで読んでたくさんの薬が出る便利さ。。。

さて、どちらがいいのでしょうか。
素人判断はイカン、と思いつつ、でも、もっと自分の感覚を信じて
よく考えてみてもいいんでは、と感じます。


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by aplusfleurs | 2017-11-19 22:22 | おまけの話 | Comments(2)

忘れっぽくなるのは

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またまた、台風が近づき、週末はお天気崩れそうです。
前回の台風で、いろいろ被害が出ていた地域に、何事もないことを
祈ります。。。


さて、少し前のこと。
息子のフランス語の先生とお話ししていたとき、

「年いくと、忘れっぽくなっちゃって‥」
(精神年齢は低くとも、もうアラフィフ、こう言ってもおかしくないですよね)

と私が言うと、

「それ、日本人の言い訳の癖よね、フランスでは言わないわ〜」

と言われました。
おお!そういえば、、、日本では、年配になると、間違えたりしたとき、
「年のせい」をよく理由にします。
忘れっぽくなって、、勘違いして、、年のせいで困るわ〜と。

私も、当たり前のように使っていました。そして、本当にそうだ、と
思っていました。何となれば、すでに30代から言っていたような。
フランスにいるときも、使っていたと思います。
でも、確かに、周りのフランス人は使ってなかったなあ。。。
どんなに年いったおばあちゃんでも。
(うちの向かいのおばあちゃんも、実際は痴呆症がだんだん進み、いろいろ
分からないことをうちに尋ねてこられたりしてましたが、一度もこの言葉を
聞いたことはなかった気がします)
いろいろ、勘違いや、忘れることの多い義母も、年齢を理由にしてなかった。

「忘れてたわ」


おしまい!
悪びれず、言い訳もせず。もし夫がそれ以上何か言うと、かえって逆ギレしてた
なあ‥‥
間違えたんだし、忘れてたんだし、、、一言謝った方がいいんじゃないの?
という時も、忘れてたんだから、仕方ないじゃないの。何でそれ以上責めるの?
という感じでしょうか。ましてや、年齢のせい、とは聞いたことがない。
そういう時、日本人なら、年いったら、忘れっぽくなって、、と必ずといって
いいほど言いますね〜。

先生に指摘されるまで、気付いていませんでした。
年齢の近いお友達の間では、お互いに、30歳過ぎた頃から、

「最近、物忘れひどくない??」

と言い合っていたし、出産を経て、

「子供産んでから、物忘れがますますひどい」

とよく聞いたし。。。

でも、これって、日本だけで通じる話なのかもしれません。
フランスでなら、若かろうが、年寄りだろうが、忘れたことに理由なし。
単純に

忘れた

のです。
今まで特に気にしていませんでしたが、面白いなあ、と思ったので、
今後気をつけて見ていくつもりです。









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by aplusfleurs | 2017-10-28 14:54 | おまけの話 | Comments(2)

忙しいわけでは

ないはずなのですが‥(年末から先月までは、怒涛の日々でしたが)
おそらく、年末年初にかけての引越しに関しての、手続きミス(こちら
でなく、業者の)が続き、スムーズにすまなかった分、書類手続きなど
が長引いて、引越しの片付けにしわ寄せが。。ようやく落ち着いたのが、
先月末。
とは言っても、まだ行き場の決まってないダンボール箱が2〜3個あり。
ちょこちょこと、整理しながらで、少しづつ思うような形になってきて
はいますが、ぐちゃぐちゃマックスの状態からすると、ずいぶん片付いた
と思っても、まだまだスッキリからは程遠い状態。

こういう時には用事が重なるもの。運転免許の更新やら、急な頼まれごと。
あっという間に時間が過ぎています。

でも、しないといけないことがあるのは、有難いこと。
判断が難しい用事もあり、人の助けも借りないといけないことは都合を
合わせないといけませんが、自分のことは優先することを先に、、
というわけで、ブログを書く時間が見つけられずに日が過ぎています。
おかしいな〜、ゆっくり休んでることはないんだけど。。。

年末の義実家の話はいつ!!??
ずーっと気にしながら、もう春も目の前。。。(^^;)
ということで、義実家の話は写真もあるため、今回おまけの話で、行きの
飛行機で、ひょんなことから買うことになった、この基礎化粧品ご紹介です。
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クラランスので、化粧水の後の乳液に2〜3滴混ぜるとお肌にハリが。。
(確かそのような説明だった)というもの。5cmくらいの小さなもの
なのですが、これがいい!以前は日本に帰ったら、肌が湿気で潤っていた
のに、やはり年ですね。。。最近は化粧落としをしたら、結構すぐに肌
が乾燥するようになり、化粧の時も、肌に馴染まずカサカサ‥‥という
カナシイことが多くなりました。
でも、これを使うようになって、かなりいい感じ。おすすめ〜♪

普段は全く買わない機内販売で買いました。
買う(というか、一部代金を支払った)ことになったのは、息子の機内食
のせい。子供用の機内食を頼んで(年齢を登録するので、自動的に)あった
のが、ミスで無い、と言われ、お詫びに、機内食分を何かでお返しする、と
いうことで、なるべくその値段にあったものから選んだのがこれ。
瓢箪から出た駒、でした。そこまで高い!という印象ではなかった(はっきり
覚えてない。。。;)ので、次回もリピートしようと思っています。


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by aplusfleurs | 2017-03-22 22:47 | おまけの話 | Comments(2)

La vie continueーちょっとフランス語4−

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12月の帰省話を早く、と思いつつ‥‥

1月の終わりから、いや、昨年夏以降から、いろいろ慌しく
なりました。12月の帰省も、その中に入るのですが。。。

2月の引越しの後、まだ整理のつかない中、一昨年あたりから
患っていた父の容態が悪化しました。最後の日の前日、担当の
先生とのお話があるとのことで、急遽帰省したのですが、
その時が私にとって最後の父との面会となりました。

先週全てが嘘のような速さで済んでしまい、今は現実だったのか
自分でもよく分からない心境です。

フランスでも、親しい方との別れがあり、また、身近な人に
大変なことが起こった時、この言葉を聞きました。

"La vie continue"
(それでも)人生は続く

日本語訳は直訳ですが、何事か予期していた、していないにかかわらず、
大きな人生の節目となるショッキングなことが起こった時、当事者の方が
よく使う言葉。
それでも、日常は(人生は)続いていく。残された者は、生き続けて
いかなければならない。
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先週、一つ一つ片付ける中で、私の頭の中にずっとこの言葉があり
ました。他の人の口から聞いた時は、その人の強さを思いましたが、
今、当事者となると、支えとなる言葉です。

日本語でもそう言った言葉があるのでしょうが、思いつかない。
フランス語は、こういうとき的確な表現があるなあと感心する
のですが、この言葉はとくにそう。

これから何ができるだろう‥‥とも思わせられる、ずっしりと
重く心に響く言葉です。


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by aplusfleurs | 2017-02-14 10:54 | おまけの話 | Comments(0)

始まりは‥‥

昨年より始めた在日の外国人のための日本語教師。
きっかけは、私の空き時間に受けられそうな講座だったから、です。
(他の興味ある講座があれば、そちらだった可能性もあります)
でも、時間はバス送迎にギリギリで、幼稚園だった息子の変則な時間割に
合わせて、月1〜2回は近所の保育園の預かりを利用したり、雨なら直接
園へお迎えでないと間に合わず、結構綱渡り状態でした。

まず、ボランティア、という概念に懐疑的だった私。未だにこの言葉の
持つ多様性に自分が対応しきれていません。活動しているのに、、と
思いますが、やりながら、いろいろ自分の感覚と擦り合わせている感じ
です。
‥‥と言うのも、ボランティアという言葉に含まれる難しさ‥‥善意の
人助け、しかも無料で。当事者の望むことに本当に対応しているのかは
二の次で、その行為自体が神聖だと崇められているような感覚があって。。。
その弊害を取り上げたルポルタージュなども見ていたせいかもしれません。
需要と供給。受ける側とその周りでサポートする方々両方に良かった、と
思っていただけるような活動はその場限りでは難しい。
たった1年講習を受けただけで、本当に教えていいの?(その後少しは知識
も増えたとはいえ)全く自信なし!(と言い切っていたらいけませんが)
でした。

私自身としては、ここ日本で暮らすようになって、夫や子供にも起こるで
あろう日本語の問題などを知ることができるかも?いざという時、自分も
対応できるように日本語能力をアップさせておかねば。。という気持ち
がありました。

そして、何より、在仏の時、特に最後の方で子供が学校へ行ったり、社会
との関わりが出てきた時に、やはり私が通い始めた地域のボランティア
仏語教室で出会った先生と個人レッスンしていただいて、自分の偏った
見方をずいぶん矯正できた、という思いがあります。お世話になった分、
私もまた違う人に返せるのかもしれない。。と。
正直、今だに受講生さんに教えてもらっていることの方が多く、どこまで
日本語へのやる気や生活に役立てる情報を伝えられているのかは??です。

‥‥長くなりましたが、そうやって、ボランティア活動のことをとつとつと
考えていたら、、小学校の頃のことを思い出しました。
 
5、6年の先生は面白くてきっちりした男の先生だったのですが、かなり
厳しいところもあり、、日によってはこわーい先生でした。
引っ越してきたMさんは、全くと言っていいほど話さない。
生粋の日本人ではなかったから、もしかしたら日本語もそれまで習っていな
くて、話せなかったのではと、今ではわかりますが、その時は特に気にせず。
よくお休みがあったり、遅刻したり。何か事情があるのだろうとぼんやり
思っていましたが、その時はそれについて深く考えることはなかったです。
先生は、忘れ物をしたり、何かしなければいけなかったことをしてこない
ことが多いMさんを叱り、時にはほっぺたに平手打ちもありました。
Mさんは何も言わず、ただ手で頬を押さえて、立っていました。その時の
緊張感は忘れられません。

でも、話さないけれど、何となく気にはしていて、修学旅行の写真に一枚、
席に座った彼女の通路側に、彼女に寄り添うような私が写っています。
答えがなくても、近くにいたら、話しかけていた記憶はうっすらあります。

休日、偶然道で会った時、Mさんはたくさんの妹や弟を連れて歩いていました。
全部で少なくとも4、5人はいたような気がします。

「わー、Mさん、すごい!たくさん兄弟いていいなあ〜」

と私が声をかけたら、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んでくれて、
ああ、Mさん笑ってくれた!と私も嬉しかったことも覚えています。
子供心に、叱られても、勉強が分からなくても何も言わずに耐えていた彼女
のことが気にかかっていたのかなあと思います。

今頃になって、ふと、この気持ちが、ボランティアに挑戦しようかなと
思った原点かもしれないなあと感じるようになりました。
今でも”ハーフ”と呼ばれる、うちの息子のような子は小学校にもちらほらで
すが、あの頃は近所では全くと言っていいほど見かけませんでした。
子供は親と社会に挟まれて、自分の立ち位置をどう見つけるか、言葉がまだ
確立されていないのに、親とも言語が違って、友達を作れるほど日本語も
上達していない。先生は一生懸命だったと思うけれど、今の私ならもう少し
何かしてあげられたかもしれない。。。

もう、ウン10年も前のことですが、、Mさんのことは鮮明に覚えています。
どこかで元気にしていてくれますように、そして、私のしていることが
微々たることでも、Mさんのような子供の助けになっているといいなあと
思っています。




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by aplusfleurs | 2016-11-17 21:31 | おまけの話 | Comments(0)

フランスでの生活、お花の話を中心に、のはずが、最近は育児日記に;2009年サンクルーへ引越し、2014年3月夫の転職により日本へ。2010年10月フラワーアレンジメントのフランス国家審査員資格合格♪


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